猫と音楽 第4回 「Beatles」

音楽
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猫とそれに関する音楽やその人と猫のエピソードなどを紹介するこのコーナー。
今回はシンガーソングライター、バンドとして基礎ともいえるBeatles(ビートルズ)です。
今後はカタカナ表記でいきます。

ビートルズについて

1960年にイギリスのリヴァプールで結成されたロック・バンドで、初期はロックンロールやリズム&ブルースの影響を受けたキャッチーなポップスが中心でしたが、1965年以降はスタジオ技術を駆使して実験的かつ芸術的な音楽を次々と発表した世界を代表するバンドです。

1960年代前半の人気は爆発的で、ファンの熱狂ぶりは社会現象となり、熱狂的なファン達は「ビートルマニア」と呼ばれました。

メンバー

ジョン・レノン (John Lennon)

担当:ボーカル & ギター、キーボード
生年月日:1940年10月9日 (1980年12月8日没)

ビートルズの創設者であり、カリスマ的な存在感と強いメッセージ性を持った中心的存在。
攻撃的で鋭いロックンロール・スピリットを持ち込み、ポール・マッカートニーのメロディセンスと対照的な創作スタイルで、バンドに緊張感と多様性を生みました。

ビートルズ解散後、妻のオノ・ヨーコとともに平和運動や芸術活動を展開。
政治や社会問題に積極的に発言し、反戦の象徴的存在となりました。

そんなこともあってか、1980年12月8日、ニューヨークの自宅アパート「ダコタ・ハウス」前で熱狂的ファン(?)に銃撃され、40歳でこの世を去っています。
世界的な大事件の一つとされています。

ポール・マッカートニー (Paul McCartney)

担当:ボーカル & ベース、キーボード、ギター
生年月日:1942年6月18日

ベーシスト兼シンガーソングライター。
メロディ・メーカーとしての才能に特に優れ、クラシックからロック、ポップ、エレクトロニカまで幅広い音楽に挑戦してきました。
ソングライターとしても叙情的かつキャッチーな楽曲を数多く生み出しました。
ジョンが鋭く社会的な視点を持ち込んだのに対し、ポールはより普遍的でメロディックな曲を多く作り、バンドのバランスを保ちました。

また、ベースの従来の伴奏的役割を超え、メロディアスでリード的なベースラインを確立し、プレイヤーとしても後世に多大な影響を与えました。

ソロ活動も活発で、解散後から80歳を超える現在に至るまで精力的に作品を発表しており、日本でも何度もライブコンサートを開催しています。
(……1980年1月は日本での大麻所持により逮捕され、強制送還となり開催中止となりましたが……)

ジョージ・ハリスン (George Harrison)

担当:ギター、ボーカル
生年月日:1943年2月25日(2001年11月29日没)

ビートルズのリード・ギタリストであり、作曲家、シンガー、プロデューサーとしても大きな足跡を残しました。

ジョンとポールという大天才に挟まれ、彼らより年下であることもあり、「静かなビートル(The Quiet Beatle)」と呼ばれたこともありましたが、インド音楽やシタールを取り入れるなど、独自の音楽的探求でバンドの幅を大きく広げました。
ソングライターとしても当初はジョンとポールの陰に隠れていたが、徐々に頭角を現し、バンド後期には「Something」、「Here Comes the Sun」などビートルズを代表する楽曲も作り、自身でボーカルも担当しています。

ビートルズ解散後、1970年に発表した3枚組アルバム『All Things Must Pass』は大成功し、解散後最初の大ヒットが意外なことに彼となりました。

また、翌1971年にはバングラデシュ難民救済のために「Concert for Bangladesh」を企画・開催。
ロック史上初の大規模チャリティ・コンサートとされています。

ちなみに当時、パティさんという超絶美人な奥さんがいましたが、親友であったエリック・クラプトンにとられちゃいました……。
しかし、互いの友情は消えることはなく上記のチャリティ・コンサートにもクラプトンは出演しています。
ジョージにとって、1974年の全米ツアー以来およそ17年ぶりの本格的ツアーでもクラプトンと彼のバックバンドがジョージのバックバンドとして帯同しました。
「Live In Japan」としてCD化されています。

イントロのギターリフが有名であるクラプトンの「Layla(いとしのレイラ)」は彼女のことを歌ったものだそうです。
また、ジョージ作の「While My Guitar Gently Weeps」のギターソロもクラプトンが弾いています。

リンゴ・スター (Ringo Starr)

担当:ドラムス、ボーカル
生年月日:1940年7月7日

本名 Richard Starkey、若い頃から指輪(ring)をたくさんはめていたことで有名でそこからRingoというあだ名となり、芸名となりました。

(後に日本のリンゴジュースのCMに出ることになるとは思っても見なかったでしょう……。
また、1968年にビートルズが彼ら自身の音楽活動をコントロールし、また新しい才能を支援するためのプラットフォームとして設立したレコード会社の名前が「アップル・レコード(Apple Records)」、リンゴです。)

明るいキャラクターで、バンド内のムードメーカー的存在です。
解散後〜現在に至るまでソロ活動を続けています。
そのキャラクターもあって1989年以降はRingo Starr & His All-Starr Bandとして、メンバーは彼と親交のある大物アーティスト達が入れ替わり勤めており、彼の曲の他メンバーの楽曲を演奏しています。
例えばイーグルスのジョー・ウォルシュやティモシー・B・シュミットが参加したり、近年ではTotoのスティーヴ・ルカサーなども参加し、イーグルスの曲やTotoの曲を演奏しています。
本来は別のメンバーがボーカルをとっている曲も彼らのボーカルが聴けるのでなかなか貴重です。

ビートルズの話しに戻すと、デビュー当時にドラムを担当していたのは彼ではなく、ピート・ベストという人物でした。
ルックスは良かったものの、演奏面で限界があるとメンバーやマネージャーのブライアン・エプスタインから見られていました。

一方、リンゴはすでにリヴァプールで人気のあった「ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ」のドラマーで、腕前も安定していました。
ビートルズとリンゴはハンブルク(ドイツ)での演奏時代から顔見知りで、時々セッションで一緒に演奏しており、リンゴのドラムを「ノリがよくて信頼できる」と高く評価していたそうです。

そして、1962年8月16日、ブライアン・エプスタインはピート・ベストを解雇。
理由は「演奏が安定しない」「人間関係がかみ合わない」など諸説あるが、メンバー自身が望んでいた交代でした。
そして8月18日、公式にリンゴがビートルズのドラマーとして加入しました。
この交代劇がなければ、後の爆発的ヒットもなかっただろうとされるほどでした。

日本とビートルズ

初来日はビートルズの世界ツアーの一環として、1966年6月29日〜7月2日での日本武道館公演でした。
すでに世界的スターとなっていたため、成田空港では数千人のファンに迎えられ公演中の歓声(絶叫)も凄まじかったそうです。
リンゴ・スターは後に「日本の女性は世界で一番熱狂的だった」と回想しています。


この公演以降、日本武道館は音楽の聖地となりました。
(上の動画はビートルズ登場のとこから始めていますが、再生時間戻していただくと前座をしているドリフ等が見れます。)


また、日本とビートルズとして外せないのがジョンの妻となるオノ・ヨーコの存在です。
出会いは1966年11月、ロンドンのギャラリー「Indica」でのオノ・ヨーコの個展にジョンが訪れたことがきっかけです。
ジョンは当時すでにビートルズとして世界的スターであり、オノの前衛的なアートに強く惹かれたそうです。二人の会話はすぐに芸術や思想の深い話題に及び、精神的なつながりが芽生えたそうです。

ジョンは当時、シンシア・レノンと結婚しており、息子ジュリアンもいました。
1968年に離婚手続きを進め、1969年3月にオノ・ヨーコと結婚します。
以降、公私ともに一心同体で行動。
ジョンの音楽やメッセージにヨーコの影響が色濃く現れます。

ジョンとシンシアの離婚の際、ジュリアンが寂しい思いをしていると聞いたポールが、励まそうと思って作った曲が「Hey Jude」でした。

ビートルズの曲として普通に発表されてますが、この時ジョンはどんな気持ちだったのでしょうね……。

代表曲 というか好きな曲

いっぱいありすぎるのですが、私はこの3曲を推しています。
ちなみに私は歌詞に関しては雰囲気ぐらいにしか聞いておらず(洋楽は特に)、音やメロディー主体で聞いています。

Let It Be

あまりにも有名なので説明不要でしょう。
作詞作曲はレノン・マッカートニーとなっていますが、これはジョンとポールがビートルズとして発表する際はこうしようとしたもので、この曲はポール・マッカートニーが作ったものとされています。

解散間際の後期になるので、ちゃっかりオノ・ヨーコもMusic Videoに出演しています。

Here Comes The Sun

ジョージ作、「暗い冬が終わり、光が戻ってくる」というような意味にピッタリなアコースティックギターから始まり徐々に光が満ちていくような温かい雰囲気の楽曲です。

A Day In The Life

レノン・マッカートニー作、主にジョン主導で作られました。
自身が歌っている箇所をそれぞれ作ったのだと思います。
ビートルズの実験的かつ革新的な作品の集大成ともいえる楽曲で、今で言うプログレッシブロック的でもあります。

猫とビートルズ

ビートルズのメンバーと猫の関係

ジョン・レノン

  • ジョンは生涯にわたって猫好きとして知られていました。
  • 少年時代からたくさんの猫を飼っており、有名な猫の名前には「エリザベス」や「プラトー」などがあります。
  • アメリカに住んでいたときも何匹かの猫を飼っていたそうです。

ポール・マッカートニー

  • ポールは猫だけでなく動物全般が好きで、特に動物の権利に熱心です(ベジタリアンでもあります)。
  • 有名な猫「ジェット」は、同名の曲「Jet」にも登場したと噂されていますが、実際は犬のジェットがモデルです。
  • 猫にまつわる有名なエピソードは少ないものの、動物との親しみはよく知られています。

ジョージ・ハリスン

  • ジョージも動物好きで、猫や犬などさまざまな動物を飼っていました。
  • スピリチュアルな思想とも関連し、動物を尊重する姿勢がありました。

リンゴ・スター

  • リンゴも猫と一緒に過ごしていた時期があるようです。
  • ただし、他のメンバーほど猫とのエピソードは多くありません。

猫が登場する曲

Leave My Kitten Alone

ビートルズ時代のカバー曲で、オリジナルは Little Willie John のR&B曲。
ポールたちはスタジオで何度か取り組んだが、当時アルバムには収録されず、後に Anthology などで発表されました。

Cat Call

ポールが作曲したインストゥルメンタル
元々は “Catswalk”というタイトルでビートルズがライブで演奏していました。
これを元にして、Chris Barber Band に提供され、シングルとしてリリースされました。

Looking for Changes

ポールのソロ、1993年に発表された「Off The Ground」に収録されています。

I saw a cat with a machine in his brain
俺は、脳に機械を埋め込まれた猫を見た

The man who fed him said he didn’t feel any pain
餌をやる男は「痛みは感じていない」と言った

I’d like to see that man take out that machine
俺は見てみたい、その男が自分の頭からその機械を取り出すのを

And stick it in his own brain
そして自分の脳に埋め込んでみるのを

という衝撃的な歌いだしで始まるこの曲は動物実験や動物の扱いについての社会的メッセージが込められています。

I’m looking for changes that will continue the world as we know it
俺は変化を探している ―― この世界がまともに続いていくための変化を

I’m looking for changes, changes
俺は変化を求めている、変化を

最後に

いかがでしたか?
猫好きのジョンでしたが、意外にも猫の曲は作っていない模様です。

紹介している曲以外にもビートルズで好きなのはいっぱいあります。

  • Please Please Me
  • From Me To You
  • Till There Was You
  • I Feel Fine
  • Day Tripper
  • We Can Work It Out
  • Paperback Writer
  • Can’t Buy Me Love
  • I’ll Follow The Sun
  • Eight Days A Week
  • I’ve Just Seen A Face
  • Yesterday
  • Nowhere Man
  • In My Life
  • Here, There And Everywhere
  • Good Day Sunshine
  • Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band
  • With A Little Help From My Friends
  • Getting Better
  • She’s Leaving Home
  • Hello, Goodbye
  • Strawberry Fields Forever
  • Penny Lane
  • Ob-La-Di, Ob-La-Da
  • Blackbird
  • Piggies
  • I Wil
  • Birthday
  • Mother Nature’s Son
  • Helter Skelter
  • Come Together
  • Something
  • Octopus’s Garden
  • Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The Endのメドレー
  • Two Of Us
  • Across The Universe
  • I’ve Got A Feeling
  • The Long And Winding Road
  • Get Back

各ソロ曲まで入れると溢れてしまいますね。
ポールに関しては東京ドーム公演に参戦し生で体感してきたことがあります。

最後にソロ曲から1曲紹介して終わります。

ジョージの「All Things Must Pass」

それをポールが歌ったものです。
Concert For Georgeというジョージが亡くなった際に親友クラプトンを中心に彼と親交のあったミュージシャンたちとジョージの曲を歌うトリビュートコンサートで披露されました。

「すべてのものは過ぎ去る」
季節が移り変わるように、人生のどんな状況も永遠には続かない
良い時も悪い時も、すべてはやがて過ぎ去っていく
太陽が沈めばまた昇るように、変化は自然の摂理
悲しみや苦難もやがて終わりを迎える
だから執着せず、流れを受け入れよう


苦難を乗り越えてバンドは大成功、しかし二人の天才に挟まれ苦しかったこともあったでしょう。
親友に愛する妻を奪われることありました。
彼なりの哲学、傾倒していたインドや東洋的、仏教的な考え方だなぁと私は思います。

それでは、ご覧頂きましてありがとうございました。

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